能美島ってどこ?
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 能美島は、瀬戸内海の広島湾にぽっかりと浮かんだ、緑の山と海に囲まれた美しい島です。
 東側は、海上自衛隊第一術科学校(旧海軍兵学校)で有名な江田島と陸続きで、南側は早瀬大橋で倉橋島とつながっています。
 
広島湾に浮かぶ能美島です。
 
 
能美島って2つあるの??

 東能美島と西能美島を合わせて能美島といいます。

 能美島には、能美町、沖美町、大柿町の三つの町がありますが、西能美島には沖美町、東能美島には大柿町、そして東西能美島の間が能美町です。

  
江能4町です。


おもしろいよね・・

 昔の津久茂は江田島と陸続きなのに陸続きでない能美島に属してたし、今は陸続きの一つの島が、能美島と江田島で別の島のように呼ばれてる。

 昔は、今のように交通の便がよくなかったから、とにかく行き来しやすい方に人が集まってたんだろうね。


??素朴な疑問

 能美島と江田島は陸続きなのにどうして島の名前が違うの?

それは・・・
むかしの能美島と江田島
むかし、能美島と江田島は別の島でした。

上の画像をクリックすると、
飛渡瀬の写真が見れます。


 むかし、むかし能美島と江田島は陸続きではありませんでした。
 ただ、その間に小さな浅瀬があり、満潮時には小船が通り、干潮時には人が石伝いに飛んで渡ることができたらしいです。
 だから、そこの地名を飛渡瀬(ひとのせ)といいます。
 昭和の初め頃、浅瀬は埋め立てられ完全な陸続きになりました。
ちなみに伊能忠敬が文化3年(1806年)に作成した地図は、陸続きになってます
 

津久茂(つくも)の秘密!!


 昔の能美島は、三高、高田、津久茂、中、沖、鹿川、深江、大柿、飛渡瀬の九ヵ村でしたが、数々の行政改革を経て、明治の半ば、六町三ヵ村を管轄する佐伯郡に属することになりました。
 しかし、大正14年(1925年)佐伯郡津久茂村は安芸郡江田島町と合併しています。

 ⇒  『江田島町史』での津久茂に関する記事
  

 能美町のお祭りは、現在、鹿川、中町、高田、三高、沖の5つの地区で毎年持ち回りで行っていますが、津久茂が江田島町と合併するまでは、津久茂を含めた六ヶ村で持ち回っていました。

 船を漕いで中町まで来てたそうです。

津久茂

上の画像をクリックすると、
津久茂の写真が見れます。

 

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